ネットでこのような記事が紹介されていました。

「東大まで行った人は教師にならない。中間層が中間層を再生産している」 現役東大生の発言で議論勃発

 

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中々刺激的な内容の記事でした。

 

記事の概要を掻い摘んで紹介します。

 

この現役東大生は、地方の公立高校の2年時に偏差値30台で学年ビリでした。

 

そのため、学校の教師から「お前には行ける大学がない」と言われたそうです。

その言葉に「ふざけるな」と一念発起し、猛勉強の末に東大に合格したそうです。

 

この経験から、教師という職に失望します。

 

高校生のときに東大を目指しもせず、行けるとも思っていなかった教師は、生徒にも現在の実力に見合う大学を受けさせるだけだと。

 

教師としては合格するかどうか分からない難関大学を生徒に受けさせるよりも、合格の可能性があるところを受けてもらった方が安心です。

結局は、この教師が経験した、または想像する範囲内でしか可能性を抱けずそれを生徒にも押し付けてしまうそうです。

 

これが教師という職業だと。

 

「中間層が中間層を再生産している」とは、対した学歴・経験を持たない教師が、教え子を教師と同じようなレベルの大学に行かせてしまうことです。

その大学を卒業して教師になった教え子が、また教え子を同じレベルの大学に行かせてしまいます。

こうした連鎖が連綿と続くことを、「中間層が中間層を再生産している」と言います。

 

以上、記事の概要でした。

 

まあ、この記事の「地方の公立高校」と言っても、北海道ですと札幌南高校や札幌北高校、北嶺高校のような毎年東大や医学部に何人も合格するような一流進学校の高校でしょう。

 

偏差値30台というのは、このような一流高校の校内順位から算出される「校内偏差値」です。

確かに学年ビリだと、偏差値30位になるでしょう。

 

ですが、一流高校の学生ですから、全国順位から算出される「全国偏差値」だった場合、最低でも真ん中の順位である偏差値50くらいはあったのでは無いでしょうか。

偏差値50というと、大東亜帝国(大東文化大学、東海大学、亜細亜大学、帝京大学、國學院大学)と言った大学に合格できるレベルです。

 

東大の偏差値は、文科・理科(三類は除く)それぞれ何類かによって偏差値にやや差が出ますが、概ね70程度(上位1%)です。

高校二年生の何月から猛勉強したのかは分かりませんが、それでも偏差値を20も上げたのは凄いことです。

 

教師という自分の可能性を潰すだけの邪魔な存在を無視して、自分の力で這い上がったことは非常に素晴らしいことだと思います。

 

私も同じ経験をしましたから。

 

私は、ど田舎の中学校で学年ビリから、偏差値50の高校に這い上がり、そこからさらに勉強して国立大学である信州大学の理系学部に進学して、最終的には旧帝大である北海道大学の理系大学院を卒業して、東証一部企業に就職しました。

 

就職してからしばらく落ちこぼれましたが、せどりという商売に出会ってそれなりのお金を手に入れて、今は穏やかな暮らしが出来ています。

 

みなさんの中にも、「自分はダメな人間だ」「どうせ自分なんか」「自分に出来るはずがない」と思い込んでいる方がいらっしゃることでしょう。

そう思い込む根拠の一つが、幼いころに教師からそう言われていたからでは無いでしょうか?

 

もしそうでしたら、教師から言われたことなんて忘れてください。

もちろん、幼いころからの思い込みなので、忘れることは容易なことではないのは分かっています。

ですが、この思い込みは生きていく上で何一つ役に立たないので、一刻も早く思い込みを外して下さい。

 

まあ、こんなものせどりなどで一度成功すれば簡単に外れますが、それがまだな方はもう一つ外し方があります。

学校教師の言葉なんて取るに足りない下らないことだと、知ることです。

 

そこで、学校教師が如何に下らない存在なのかということを、私の小学校~高校時代の経験を交えてお伝えします。

 

今回は、小学校時代の話をさせていただきます。

 

私は小学校2年生から卒業まで、教師から「協調性の無い知能遅れ」というレッテルを貼られていました。

 

先ほどの記事東大生の彼は、高校が進学校ですので、小学・中学と学年トップレベルの成績で勉強が抜群に出来たはずです。

それに対し、私の場合は真性のお馬鹿な子供でした。

 

私は一応、国立理系学部卒、旧帝大大学院卒ですので、小学校時代の話を家庭教師の生徒にすると、いつも驚かれました。

 

ですが事実です。

私は真性の底辺から這い上がったタイプの人間です。

 

小学生の頃は授業に全く着いていけず、テストはほぼ0点でした。

授業中は、ノートを取らずいつも口を開けてボケーっとしていました。

 

そして、「みんなと仲良く協調性を持って」という教師が最も好む行動が出来ない、大人に嫌われる要領が悪い問題児でした。

おまけに状況把握能力に欠けた子供だったので、教師から何故怒られているのかが全く理解できず、怒られている時もヘラヘラしているお花畑な幸せな子供でした。

 

授業は真面目に受けない、協調性は無い、怒られても理解できないと、三拍子揃った問題児です。

 

小学校時代は、4人の教師と出会いましたが、うち3人からめちゃくちゃ嫌われました。

 

そいつらから、常々こう言われてきました。

「お前のような子供は将来ロクな大人にならない」

「お前はダメなやつだ」

「お前は知能遅れだ」

「何でみんなと仲良く出来ないんだ」

「協調性がない。○○くんを見習え」

「他人の気持ちを理解しろ」

「お前の親の顔が見てみたい」

「もうお前は見捨てる」

「もうお前なんかどうでもよい」

「お前はもう学校に来なくていい」

 

人権侵害も甚だしいですね。

 

子供って、色々なタイプがいます。

身長が伸びるのが早い子、遅い子それぞれなのと同じで、小さい頃は勉強が全く出来くても後から伸びるタイプの子もいます。

いわゆる、晩成型のタイプというやつですね。

 

逆に、小さい頃に勉強が物凄く出来る早熟型の子供もいます。

このタイプの子供は、「神童」と呼ばれたりします。

 

大人に気に入られる要領の良い子もいれば、大人に嫌われる要領の悪い子もいます。

 

脳がまだ成熟しておらず、状況把握能力に欠ける子供もいます。

 

教師という「子供を正しく育てる」職業に就いているからには、様々なタイプの子供への対応法を理解していなくてはならないでしょう。

私の小学校時代の教師は、それが全く出来ていませんでした。

自分の好き嫌いで、生徒を露骨に選別していましたね。

 

ま、ど田舎の公立小学校に配属される教師ですから。

そいつの人間としてのレベルもたかがしれているでしょう。

 

私が小学生だった、1980年台後半から90年台前半の時代は、「でもしか先生」で溢れていた時代でした。

 

みなさん、「でもしか先生」はご存知でしょうか?

これは、4流5流大学を卒業した人間が、民間企業に就職できず仕方がなく教師になったという人間のことを指します。

 

今でこそ教員採用試験は難関ですが、昔はザル試験でした。

人格的に相当問題がある、ダメ人間であっても教師になれたそうです。

そして、ど田舎に配属された教師だとことは、その超簡単な教員採用試験で下の順位で合格した、真性の頭のイカれたダメ人間だったのでしょう。

 

そんなゴミみたいな人間が、幼い頃の私を散々ダメ人間扱いしてくれましたが、今思い返してみると大変ユニークな教師で溢れていたと思います。

 

例えばこんな感じの人間がいました。

 

・ロリコン虐待教師

小学校2年生の時の担任でした。

ギター弾きの無精髭ロン毛の若い教師でした。

 

クラスの女の子を放課後に密かに呼んで、その女の子にここではとても書けないイヤらしい言葉を発して興奮していたそうです。

親にチクりそうにない大人しい女の子を放課後に呼びつけて、身体を触るなどのわいせつ行為を繰り返していたりもしました。

私のように気にらない男子生徒には、トイレに直にひざまずかせて、雑巾掃除をさせました。

 

女の子にはワイセツ行為、男の子には虐待する人間なので、ロリコン虐待教師です。

 

その事実が明るみに出て、保護者が徒党を組んで教育委員会に訴えて、その教師はさらに僻地の小学校に飛ばされました。

 

・ヒステリーな巨乳女教師

小学校3年生から4年生の時の担任でした。

教師になりたてのピカピカの1年生でした。

セーター越しからもハッキリ分かるくらい胸の大きな教師で、体育の授業でこいつが走るとメロンが2個上下に暴れていたのを子供ながらに覚えています。

この女教師は、父兄から「チチデカ先生」と呼ばれていたそうです。

 

私は当時、頭(学力)も悪く、要領が悪く、怒られたことが理解できない子供だったと言いました。

その女教師にもしょっちゅう怒られました。

 

この女教師は、怒ると勝手にヒートアップして金切り声を上げて号泣することがよくありました。

 

私は、昔はいたずらっこでした

ピンポンダッシュにハマっていたことがあり、下校時に何十建もの家をピンポンダッシュして遊んでいました。

 

ある日いたずらで、習字の授業で使う墨汁を車にぶち撒けたことがありました。

 

墨汁は水性溶液なので水で洗い流せばそれで済む話ですが、笑い話では済まされませんでした。

全校集会でこのイタズラが取り沙汰されてしまい、大問題になってしまいました。

このイタズラがバレた時、この女教師は他の教員らに怒られたのでしょう。

泣きはらした浮腫んだ顔で私の前に現れ、叫び声を上げて私の頭を思いっきり何発も何発も殴りました。

殴られたショックで、お星さまが中に舞っていたのを覚えています。

私の頭頂部が本が乗っかるほど真っ平らなのは、その女教師に殴られたせいではないでしょうか。

 

女教師に殴られた後、そいつは母を呼び出して、いかに私がおかしい人間なのかを母にまくし立てました。

加えて、こう言い放ちました。

「一緒にイタズラをしたお友達は、お母さんに平手打ちで100発叩かれて顔を腫らして反省しているのに、何故お母さんはお子さんを殴るなど厳しくしないのですか!あなたの教育が甘いからこういう子供が育つんですよ!」

「車の持ち主に怒られて、私は大恥をかいたのですよ!」

 

その母親に平手打ちで100発叩かれた友達ですが、18歳の時に海難事故に遭い亡くなりました。

葬式で友達の母親が、あの時に教師に気に入られるために自分の子供の顔を叩いてしまったことを、非常に後悔して号泣していました。

 

この女教師の放った言葉は、本当に無責任極まりないですね。

 

何故顔を叩かれることが、反省になるのでしょうか?

子供のイタズラ程度で、何故ヒステリーを起こして暴力を振るうのでしょうか。

 

教師は人格者・教師は聖職者、この言葉は真っ赤なウソだということが、この女教師からハッキリわかります。

 

この女教師は、その時々の感情に従って動く野生動物と同じ人間でした。

 

その女教師ですが、数年後に受け持ったクラスで学級崩壊を起こしてしまったことで精神を患い、教師を辞めて東京に嫁いで行きました。

 

・生徒を騙す老害教師

小学校5年生から6年生の時の担任した。

定年間近の老害教師です。

 

自分が好きな生徒かどうかで、通信簿を付ける人間でした。

 

私は大人に好かれる要領の良い人間では無かったので、もちろんこの教師からも嫌われました。

 

小学校6年生の時に、この教師から騙されました。

 

ある日、この老害から、お前はやればできる子だから、勉強を頑張れば「大変良い」を沢山付けてあげると言われました。

そう言われたことが嬉しくて、自分なりに頑張りました。

授業を真面目に受けて、自分なりに頑張って勉強してテストで80点を取ったりしました。

先生に挨拶するなど礼儀正しくして、先生に好かれるよう自分なりに努力しました。

 

しかし、この老害に裏切られます。

渡された通信簿には、殆ど「ふつう」ばっかり○が付いていたのです。

この通信簿は、「頑張りましょう」「ふつう」「大変良い」の三段階の評価でした。

私の通信簿には、「頑張りましょう」「ふつう」しかありませんでした。

通信簿を渡されて、大泣きしました。

 

どうして「大変良いが」一つもないのかを老害に聞いたら、「お前はこの程度の子だから」と言われました。

 

この言葉を受けて、こうした思い込みがさらに強くなりました。

「自分は何をやってもダメな子」

だと。

 

ところでこの通信簿ですが、何日もかけて作成されたものではありません。

この老害は、終業式の後のホームルームの空き時間の1時間位で、クラス全員の通信簿をさっさと作っていました。

要するに自分の気分で適当に通信簿を付けていたのです。

 

私よりテストの点数が悪かったのに、「大変良い」を沢山もらった生徒が沢山いました。

 

このように、小学校時代は見事にクズ揃いな教師ばかりでした。

 

ただ唯一、小学校1年生の時の定年退職間近の教師だけは人格者でした。

この方は、幼いころの私を見て、家庭訪問で母にこう言ってくれました。

 

「お母さん大丈夫だよ。この子は今は勉強とか色々遅れてるけど、きっといつか出来るようになるから安心してな。」と。

 

この先生は小学校の卒業式にわざわざ来てくださり、二人で並んで記念写真を撮ったのを覚えています。

 

私はこの人だけは、「先生」と呼んでいます。

 

「先生」、つまり「先に生きる人」。

人を導き、人を立派に育てる人。

 

「先生」という肩書は、大学の下位学部の教育学部を卒業して、教員採用試験に合格すれば誰でも手にできます。

ですが、「先生」という言葉に相応しい人間は、教師という職業に就いている人間の中に果たしてどのくらいいるのでしょうか。

 

さて、小学生の時に優秀で良い子だと教師から褒め称えられた同級生たちは、その後どうなったのかを紹介します。

 

エライエライ小学校の教師から認められたのですから、将来安泰なのかといえば、全然そんなことはありません。

一例を示します。

 

・札幌国際大学観光学科(Fラン大学のビリ学科)に進学して卒業後ニート

通信簿で「大変良い」を連発した男の子でクラス委員長でした。

小学校の教師からは、「クラスの顔」と言われていました。

 

・中卒で下流ブラックSEになりワープア

彼は、教育大附属中学に進み、その後高専に進みました。

しかも、高専で一番レベルの高い情報学科でした。

しかしそこで落ちこぼれて中退しました。

大検を取れば良いはずですが、取っていません。

それすら受けられる頭ではなかったということなのでしょう。

ちなみに、小学校では「神童」と呼ばれていました。

彼は未だに、小学生の時の自慢話をしています。

 

・中学で落ちこぼれて、不良女子校を中退したシングルマザー

読書感想文で、教師から表彰されていた女の子です。

将来有望だと教師から言われていました。

 

まだまだありますが、この辺で止めておきます。

 

このように、小学校の教師程度に認められたからと言って、将来安泰では無いことがハッキリ分かりますね。

 

逆に、小学校時代やんちゃで教師から問題児扱いされていた友達が、中学でめちゃくちゃ勉強して地元のトップ高校に進み、その後現役で早稲田大学の政治経済学部に進学した例もあります。

彼は今、電通で働いています。

 

このように小学校教師の言うことなんて、全くあてにならないことが分かりますね。

 

もしあなたが、教師から「お前はダメなヤツ」と言われてきたとしても、あなたは「ダメなヤツ」なんかではないのです。

その思い込みを捨てることが出来れば、きっと飛躍します。

 

「自分はダメなヤツ」と強く思い込むから、「ダメなヤツ」を裏付ける証拠が引き寄せられるのです。

「でも俺は、こういうことやああいうことがあったから、やっぱりダメなんだ」と、「自分はダメなヤツ」という根拠を探すのを止めましょう。

 

そうではなく、根拠や理由を抜きにして、「自分はできるやつ」「自分はすごいやつ」と思い込んでみませんか?

最初はぎこちないかもしれないでしょうが、何回もそう勝手に思い込んでいると、次第に自然に「自分はできるやつ」と思い込めるようになり、それにつられて状況が良くなってくると思いますよ。

 

私も小学校時代は成績が底辺で、バカだと思い込んでいました。

が、あることをきっかけに、「ひょっとすると自分はやればできるのではないか」と思うようになりました。

 

小学校3年生から公文式に通っていたのが良かったのか、小学校6年生くらいになると算数が少し出来るようになっていました。

良い時には、テストで70点位は取れるようになっていました。

 

ある日、算数の授業でちょっと難しい方程式の問題が紹介されたことがありました。

 

クラスの人間は誰一人この問題が解けず諦めて遊んでいましたが、私は何故かその問題にハマり何時間も粘って考え続けました。

周りから、「お前は頭悪いから無理だ、無駄だから止めろって」と言われましたが、それでも考え続けて、とうとう答えを出すことが出来ました。

 

この出来事がきっかけで、「ひょっとすると自分はやればできるのではないか」と、心の奥底で思うようになりました。

この経験が、高校時代の飛躍に繋がりました。

 

<まとめ>

①自分が「ダメなやつ」と思い込んでいるあなたへ。

その思い込みが、幼いころに教師から「お前はダメなやつだ」と言われたことだとしたら、気にしないでください。

あくまで子供時代の出来事だからです。

 

子供には色々なタイプがあります。

 

大人に好かれる要領の良い子供、大人に嫌われる要領の悪い子供。

小さい頃に勉強が出来る子、後から成績が伸びる子。

背が伸びるのが早い子、遅い子。

生まれつき運動が得意な子、苦手な子。

などなど。

 

例え子供時代にあまり出来が良くなかったとしても、大人になった今は子供時代のことは関係ありません。

 

たった今この場で、「自分はやれば出来る人間だ」と勝手に思い込めば、勝手に上昇します。

 

自分をダメだと思い込んでいるあなたへ。

あなたは全然ダメな人間ではなく、教師から幼いころにダメだと言われたことを引きずっているだけです。

 

その思い込みは、幼いころに身につけてしまったものなので簡単には抜けないでしょう。

 

しかし、これからせどりなどで成功することで、その思い込みから開放されます。

すると、人生がどんどん良くなっていきますよ。

 

②お子さんをお持ちの方へ。

教師なんて、大学の下位学部である教育学部を卒業して、簡単な試験に合格して免許をもらっただけのただの人間です。

 

教師の罵倒なんて、その人間のその場の気分で発する無責任な言葉ですので、無視して結構です。

 

多くの教師は、面倒くさくない子かどうか、自分の気に入った子かどうかで子供を選別します。

会社の上司と全く同じ人種と思って下さい。

 

教師の発言は無視して、親として子供の成長を信じて見守るという姿勢が大切です。

子供は叱るのではなく、褒めた方が伸びます。

 

もしお子さんがテストで0点を取るような出来の悪い子だとしても、ちょっとしたことがきっかけで爆発的に伸びます。

誰でもその可能性を秘めていますので、お子さんが秘めているその可能性を信じて暖かく見守ってあげて下さい。

 

私は独身で子供がいないので、親の立場として言うことは出来ません、

しかし、私の母が私にしてくれた教育を思い返す限り、これが一番優れた教育方法だと確信しています。

 

子供は親から信用されて応援されていると感じると、絶対に伸びます。

 

以上、私の小学校時代の話でした。

 

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中学生時代の私はクラスビリの落ちこぼれから偏差値50の高校に進学』に続く>>