高学歴の人間はプライドが高く、低学歴の人間を見下す人間が多いと巷でよく言われています。

 

Google「高学歴 プライド 高い」と検索してみてください。

検索結果が大量に出てきます。

 

高学歴の人間は、職場でも低学歴を見下して、低学歴の人間を学歴差別してバカにしているそうですね。

 

私は、信州大学工学部と北海道大学大学院の学歴を持っています。

どちらかと言うと「高学歴」の部類に属するのかもしれません。

 

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で、私自身は低学歴の人間をどう思うのかと言えば、何も思いません。

学歴だけは、その人のことは何一つ分からないので。

 

私が一番尊敬しているのは、母です。

 

育児放棄して暴力と借金を重ねる父親の精神的・肉体的・金銭的虐待に耐えて、私をここまで育ててくれました。

父親の借金グセは酷く、自己破産寸前まで追い込まれたことがありました。

 

その時、私は高校生でした。

私は、高校時代イジメに遭い、それに耐えられなくなって高校を中退しています。

受験勉強スタート段階で、地頭が悪く、受験に必要な科目をほとんど勉強したこと無いゼロスタートな状態でした。

父親からの虐待を受けていた辛い状況の中で、そんな状態の私を心から信じて応援してくれました。

下手すると、息子が大検すら受からず「中卒」で終わるかもしれなかったのです。

 

そんな先の見えない状態で、オマケに父親の虐待が酷く将来が絶望的な状況でした。

普通の人間の精神なら発狂しているでしょう。

私がもしこんな絶望的な状況に追い込まれたら、間違えなく発狂します。

しかし母はそんな逆境に負けずに、私を信用して私を心から応援してくれたました。

だからこそ、受験勉強に安心して専念できて、底辺の状態から信州大学工学部まで這い上がることが出来ました。

今の私がいるのは、母のおかげだと言っても過言ではありません。

 

その凄まじい精神力を持つ私の母の学歴ですが、「中卒」です。

私の地元の底辺高校を落ちて、「中卒」の学歴で北海道庁の非常勤職員として40年以上働いてき、私をここまで育ててくれました。

 

こうした「中卒」である母親の姿を見てきているので、私は別に学歴が低いというだけで人を判断しません。

 

しかし、大学や大学院で出会ってきた人間を思い返すと、残念ながら低学歴を見下す人間が多数いたのは事実です。

 

信州大学工学部の話をします。

 

信州大学工学部の直ぐ側に、「黒木学園」という底辺専門学校がありました。

 

工学部と黒木学園への通学路が一緒だったので、通学途中の信州大学工学部の学生と黒木学園の学生が混ざります。

工学部の学生は見た目が真面目そうなのに対して、黒木学園の学生は見た目がヤンキーみたいだったので、簡単に見分けることが出来ました。

そして、信州大学工学部の学生らは、そんな見た目の黒木学園の学生を指を指して露骨にバカにしていました。

「あいつら何か俺らと違うよね(笑)」と。

 

黒木学園には、自動車整備科という学科があります。

学生時代、私はカーオーディオにハマっていました。

黒木学園を卒業した当時22歳の方に、カーオーディオの取り付けをタダでやってもらったことがありました。

この方は、中小零細企業に勤めており、見た目がチンピラでした。

 

肩書と見た目だけを見ると、高学歴の人間とは一線を画します。

しかしこの方は、自動車についてかなり深い知識をお持ちの方でした。

当時私も、大学の勉強を相当勉強して、学科内で上位の成績の学力がありましたが、この自動車に対する深い知識は驚愕でした。

 

そして、非常に優しく誠実なお方でした。

スピーカーケーブルの配線が手に刺さりまくりながらも、一言も愚痴を言うこと無く黙々と作業をこなし、綺麗な仕事をしてくれたのです。

私はこの方を、人として立派な方だと心から思いました。

学生時代に一番尊敬した人だったかもしれません。

 

この方と比較して、私は信州大学工学部の学生は、学歴だけでしか人を見ることが出来ない「世間知らずのお坊ちゃま」だと思いました。

 

が、信州大学工学部はまだましな方でした。

信州大学は、超一流進学校で落ちこぼれたり、名古屋大学や名古屋工業大学などの上位大学に落ちて渋々入学してきた学生が多かったです。

自分も落ちこぼれだと思い込んでいるので、他人を馬鹿にする人間がそこまで多くなかったように思います。

そして他人を馬鹿にせず、真面目に黙々と勉強してきた人たちは、総じて旧帝大卒の学生が集まるような良い会社に就職していきました。

 

その点、北海道大学大学院の学生はとにかく酷かったです。

その差別の度合いは、信州大学工学部にいた人間の比では無かったです。

とにかく、露骨に学歴差別をする人間だらけでした。

学生・教員問わず。

 

研究棟を毎朝綺麗にしてくれる掃除のおばちゃん、研究棟の芝生を刈って綺麗にしてくれるおじちゃん、北大校内の駐車場を管理されている方など、こうしたいわゆる底辺職の方々を露骨に差別するような言葉を連発していました。

 

北大大学院時代に聞いた学歴差別の発言で、特に凄かった例を二つ紹介します。

 

一つ目は、学会の懇親会で、私の研究室のOBで博士課程を修了して、三菱レーヨンという一流大企業の研究職にお勤めの方とお話した時の話です。

その方がこう言ってました。

「高卒の奴らの知識は凄い。こいつらには俺は絶対に勝てない。なんたって奴らは18から働いて俺は26で就職したんだ。つまり8年間もブランクがあるのだから、知識に開きがあるのは当然だ。知識だけはこいつらには一生追いつけないだろうな。なら俺ら博士課程の人間が出来ることは何か?こいつらの知識を盗んで、その知識を活かすことだ。高卒の奴らはただ知識を詰め込んでいるだけで、それを応用できないからな。また、こいつらを『管理』してこいつらの知識を活用するマネジメント能力も博士課程の人間には必要だろうな。お前も頑張れよ。」

凄いですね。

ここまで人を見下せる言葉があるんだと、感心しました。

 

大学院時代の指導教官も一流理系大学の大学院の博士課程を出て、一流企業の研究職から北大大学院の教授に転身した方でした。

私はこの方を非常に尊敬していますが、人を見下したり差別発言をする部分は別です。

指導教官からお聞きした話によると、大企業の研究職の人間は一流理系大学の大学院出身の超エリート集団だそうです。

こういうところにいる人間は、プライドが非常に高い人間ばかりで、研究ができない人間は人間扱いされないそうです。

研究が出来ない人間がやった実験結果が信用されず、影で別の人が同じ実験をやっていた、なんてことが日常的にあるそうです。

狭い研究室内で、すりこぎみたいな研究生活を強いられるそうです。

ストレスまみれの生活を送って、性格が歪んでいきそうですね。

だから、こうした人間のストレスのはけ口として、高卒の人が槍玉に挙がったりするのでしょう。

 

そういえば、私の研究室に、研究は抜群に出来るけど、いつも他人の不幸を願い、他人の不幸を心から喜ぶ、人としてクズみたいな人間がいました。

こいつは博士課程を修了後に、三菱レーヨンに研究職として就職していきました。

学会の懇親会にいた人間と同じく、高卒で働く人をバカにすることをささやかな楽しみとして生きているのでしょう。

可哀想です。

 

もう一つは、大手メーカーに就職した同期の話です。

彼はこう言っていました。

「メーカーは平均年収が700万円ちょっとと安い。けどこれは、下に高卒で入ったやつが大勢いて、こいつらが平均年収を下げているだけだ。俺ら大学院を卒業した人間だけ見たら、年収1,000万円になるはずだ」

 

彼は、年収1,000万円が一つのステータスだと思っているのですね。

年収1,000万円にステータス性を持たせたのは、マスコミです。

私は、せどりで稼いで年収3,000万円になったことがあるので分かりますが、年収1,000万円クラスになると税金がメチャクチャ取られます。

年収1000万円の手取りは650~720万円程度なのです。

・参考記事)【驚愕】年収1000万円の手取りが想像以上に少ねええええ!!!

 

年収1000万円の人間は、自分を裕福層だと勘違いしたお馬鹿さんが大勢います。

ちょっと良い家・ちょっと良い車・ちょっと良い服・ちょっと良い外食・ちょっと良い教育、といった具合にお金持ちになったと勘違いして散財するバカが大量にいます。

散財してばかりしているので、いつまでたってもロクに貯金が出来ません。

本当に大事なのは、収入ではなく手元に残った現金なのに。

 

せどりもそうですよ。

売上なんて大して重要ではなく、大事なのは粗利です。売上なんてただの目眩ましに過ぎません。

 

また、年収1000万円は常に保証されているものではありません。

会社の事情で年収が数百万ダウンすることも往々にしてあります。

 

それでも、年収1000万円の人間は生活レベルが下げられず、収入が減っても出費は以前のままだそうです。

こうして、破滅の道を辿る人間が大勢います。

ネットで検索すると年収1000万円の人間の阿鼻叫喚が沢山出てきますよ。

 

このメーカーに就職した北大生の彼は、マスコミの情報を鵜呑みにしているプライドばかり高い思考停止の人間だと、自分で認めてしまったことになりますね。

 

こんな感じで、北大大学院は低学歴を見下す人間が多くてウンザリしました。

大学受験時代に憧れた大学にいる人間がこんな感じだったことに、非常に失望しました。

 

私はこういう人間と関わりたくなくて、文系就職してSEになりました。

私の会社は東証一部上場のIT企業ですが、東大・京大などの高学歴の大学出身の人もいれば、社会的に低学歴と呼ばれる大学出身の人もいる会社です。

 

私の札幌支社には、北大学部卒の人間が山程います。

しかし、高学歴の人が低学歴の人を見下す人間は少ないです。

たまに北大卒の人間が派遣でウチの会社に来ている人間を見下ような言葉を発していますが、大学院時代にいた人間と比較すれば可愛いものです。

高学歴同士の露骨な競争も無く、穏やかな気持ちで働ける会社です。

オマケに仕事サボり放題な会社です。

おかげさまで毎日、大変快適に過ごしています。

 

さて、低学歴を見下す人間を悪く書いていますが、私も本ブログで、Fラン大学に転げ落ちた高校時代の人間を散々コケにしています。

大学の名前を具体的に挙げて、これらの大学を「馬鹿大学」と断言しています。

これらの大学を卒業された方にとっては、最高に気分が悪かったと思います。

 

しかし、勘違いしないで欲しいのですが、私は大学自体をバカにしているわけではありません。

こうした大学で教鞭をとられている方は、一流大学の博士課程を修了された優秀な方々です。

そして、大学は文部科学省認定の高等教育機関なので、教育の質は東大などの旧帝大でもFラン大学でも同じです。

 

要するに悪いのは、学生だけです。

高校時代に現実逃避して努力することから逃げて遊び呆けて犯罪行為を繰り返し、おまけに努力する人間の足を引っ張って来た存在価値のない獣がこうした大学に群生しているから、「馬鹿大学」と言っているだけです。

 

こうした大学でも、黒木学園の場合と同じく、尊敬できる人も大勢いるはずです。

学歴に卑屈にならず、社会に出てから努力して上昇した方も大勢いるはずです。

どの大学でも、「上は青天井」です。

 

前置きが非常に長くなってしまいました。

 

確かに、高学歴は低学歴の人間をバカにして見下す傾向があります。

私の大学・大学院時代の経験からも、これは明らかです。

 

ですが、高学歴からバカにされたからと言って、卑屈になってはいけません。

 

高卒や低レベルな大学出身の人間と話すと、こういうことを言う人間が大勢います。

「俺は高卒だけど、同じ高卒の上司は高学歴をアゴで使っている」

「札幌大学出身の上司が、北大卒をアゴで使っている」

「俺は札幌大学だけど、北大卒の人間は頭でっかちで使いものにならない」

「札幌大学や札幌学院大学の大学のが人間の方が北大卒の人間より仕事が出来る」

などなど。

 

僻み根性丸出しの、聞き苦しい言葉ですね。

 

学歴を抜きにして考えましょう。

 

あなたの上司が、もしアゴで指図する人間でしたら、その上司に対して何を思いますか。

こういう風に思いませんか。

「嫌なやつだな」

「こいつ何様よ」

「早くこいつから離れたい」

「こいつsiねばいいのに」

と。

 

当たり前の反応ですね。

 

こういう上司は問題有りな人間なので、今は高学歴の人間をアゴで指図し威張っているかもしれませんが、いずれ高学歴の人間に追い越されます。

そして、多くの人から嫌われて会社を追い出されるかもしれません。

 

この、「高学歴をアゴで使っている」と平気でしゃべる低学歴の人間は、自分はこういう人間だとことを認めています。

「私は僻み根性丸出しで、低学歴であることにコンプレックスを持ち、他人を意味もなく攻撃する危ない人間です」と。

 

高卒や低レベルな大学出身の低学歴の人間は、こういうアホなことを平気でしゃべるバカが多いです。

だから、高卒や低レベルな大学出身の人間はバカだと言われてしまうのです。

 

何故、低学歴だからという理由だけで、わざわざ卑屈になる必要があるのでしょうか。

高学歴の人間の肩書が「過去の栄光」と言われるように、低学歴の人間の学歴も時が経てば意味を成さなくなります。

 

会社に入れば、つまり入社試験をくぐった後なら、もう過去の肩書は関係ありません。

学歴カードは、入社試験で使ったらもう有効では無いということです。

入社してしまったら、後は人間性のほうが重要になってきます。

 

低学歴の人間が一念発起して、高学歴を押しのけて会社で上昇したことは大変素晴らしいことです。

だから、もう後は卑屈にならず、穏やかに暮らせば良いのではないでしょうか。

 

高学歴の人間ほど、仕事ができる人間を尊敬します。

そして、高学歴の人間ほど、物覚えが良く、一生懸命働く優秀な人間が多いです。

かつて低学歴だった人間が会社で努力して、こうした優秀な人間を使える立場になったのです。

もう低学歴であることに対して卑屈になるには止めて、穏やかな気持ちになれば良いのです。

後は高学歴の部下に仕事を任せて、自分はそいつらを応援しつつ仕事をサボってラクをして給料を毟り取れば良いのです。

高学歴の人間ほど承認欲求と上昇志向が強いので、上司から仕事を任されて褒められると喜んで、さらに仕事に励みます。

そして、その低学歴だった上司は高学歴から慕われます。

高学歴の人間が仕事を頑張れば頑張るほど、その低学歴だった上司の業績が勝手に上がっていきます。

すると、マネジメント能力が高く、部下からの信頼も厚い人間だと経営者から判断されて、昇進してさらに多額のお金を手に入れることが出来ます。

 

穏やかな気持になって、会社で認められて、お金も沢山貰えるようになりました。

人生成功ですね。

 

このように、低学歴の人間でも卑屈にさえならなければ、成功することは充分可能なのです。

今を一生懸命生きましょう。

 

学歴なんて、今は一切関係なりません。

あんなもの、履歴書の経歴欄を埋めるための、ただの道具です。

そんなものなんて忘れて、穏やかに生きましょうよ。

 

低学歴を見下していた大学・大学院時代の連中は、低学歴の人間を卑下することで自分の地位を相対的に高めようと努力する、心の小さな人間でした。

常に他人の不幸を願い、常に自分の地位を気にして心がササクレだっていたことでしょう。

こうした人間が会社で上昇しても、決して幸せになることはありません。

 

これは、低学歴の人間も同じです。

高学歴の人間は頭でっかちで仕事が出来ないと人を卑下する人間は、自分の地位を相対的に高めようと努力する心の小さな人間です。

 

高学歴の人間も低学歴の人間もどちらも、自分に自信が無いから他人を攻撃して自分を守ろうとしているのです。

 

自信なんて、他人から与えられるものではありません。

勝手に自信をもって良い気分になって、穏やかな気持になれば良いのです。

 

自信を持つのに理由はいりません。

ノーリーズンです。

 

穏やかに生きたほうが絶対に人生良い方向に進んでいくし、幸せになれると断言できます。

みなさんも、まずは勝手に自信を持って穏やかな気持になってみませんか。

 

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以上です。