中学校時代はクラスビリの状態でしたが、猛勉強の末に晴れて地元で3番目の偏差値50の高校に入学しました。

 

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そう言えばこのシリーズの趣旨は、「生徒の可能性を潰す教師に対して一言申す」ことでした。

中学時代を思い返すと、この生徒の可能性を潰すような教師がいなかったように思えます。

ひょっとするといたのかもしれませんが、当時私はバカで状況把握能力に欠ける子供だったので、可能性を潰すことを言われても分からなかっただけかもしれませんね。

また、中学2年生の時のクラス担任が生徒の可能性を応援できる人格者だったことも、中学時代に悪い印象を持たない理由の一つなのかもしれません。

 

が、高校時代は違います。

悪い意味で素敵な教師が沢山いました。

そして、悪い意味で素敵な生徒さんも大勢いましたよ。

 

あの高校を一言で言うと、「自分の意志を持たない人形を製造する工場」です。

 

個人的にあの高校の人間どもらには憎悪の感情を抱いておりますので、これから書く文章が刺々しいものになるかもしれません。

 

見苦しいことも沢山書かれているかもしれませんが、偏差値50の高校で周りに長されるまま過ごすと将来どうなるのかについて、ありのままの真実をお伝えしたつもりです。

キツイ表現を多用しますが、どうかお怒りにならず読んでいただきたいです。

 

せどりなどのビジネスにも、使える情報がきっとあるはずです。

 

では、私の高校時代の話を、学年別に紹介させていただきます。

 

・高校1年生

この地元で3番目の偏差値50の高校は地元では公立3大高校の一つで、そこに入学すれば「優秀」「将来安泰」と言われていました。

その「優秀」で「将来安泰」の高校に、私は希望と誇りを持って入学します。

 

入学後に、2泊2日の合宿がありました。

そこで、どこかのおじさん教師が、「○○高校のブランドを信じて誇りを持って生きなさい」と言っていたのを覚えています。

偏差値50程度の低レベルな高校で「ブランド」なんて噴飯物ですが、田舎の高校なので井の中の蛙なのでしょう。

 

この高校は、1年生は就職組・文系・理系問わずランダムにクラス分けします。

 

2年生以降は、就職組と文系組、理系・看護学校進学組に分かれます。

学生の割合は、就職組と文系組で80%、理系・看護学校進学組で20%です。

学生のレベルは、就職組=文系組<<理系・看護学校進学組、と明確な序列があります。

まあ、偏差値50程度の高校なので、最高レベルのクラスである理系・看護学校進学組も大したことありません。

 

卒業後の進学先で最高だったのは、弘前大学に一般入試で現役合格した女の子でした。

彼女は高校入試で90%得点して、入学式の新入生総代だった子でした。

元々、地元のトップの進学校に入学できた人です。

 

偏差値50の高校の進路状況を見ますと、毎年1人か2人は国立大学に進学する子がいます。

ですが、これは元々トップレベルの進学校に入学できる頭があった子が努力した結果なのです。

他は、もう目も当てられない状況です。

 

この高校の悲惨な進路状況については次の記事で紹介します。

 

とにかく、1年生のクラスの学生は玉石混交でした。

 

私はこのクラスで、猛烈なイジメに遭いました。

イジメられた理由は、クラスで私だけ運動部に入っていなかったからです。

 

この高校は、運動部に入らないと人間扱いされない風潮がありました。

なので、周りからハブられるのが怖いという理由で、私を除いてみんなどこかしらの運動部に入っていきました。

付和雷同ですね。

 

運動部にあらずんば人にあらず。

 

私はバカで状況把握能力に欠けていたので、このことが分かっていませんでした。

なので、放課後拘束されるのが嫌だという自分の感情に従い、運動部に入りませんでした。

 

そのせいで、周りと違う人間だという烙印を押されて、クラスの人間全員からハブられました。

 

このクラスには誰一人として気軽に話せる人間がおらず、孤独だったことを覚えています。

孤独を紛らわすために、休み時間になると他クラスの仲の良い友達のところに行っていました。

 

しかし、私のクラスの運動部の連中は、非常にタチの悪い人間揃いでした。

私が他クラスにいるのを追いかけてきて、こいつはクラスで嫌われている人間だと奇声を上げて指を指して、私を嘲笑いました。

私を指差して、他クラスの女子にヒソヒソ話をして悪口を言ったりしました。

 

私からすれば、他人がどういう行動をしようが、そんなもの他人の自由です。

 

しかし彼らは、自分と違う行動をする人間が許せなかったのでしょう。

運動部に所属していることで「自分は強い人間だ」と勘違いして、仲間はずれにされた人間を集団で攻撃することで快感を得ていたのでしょう。

運動部に所属しているなら、試合があって忙しくて他人に構うヒマなんて無いはずですが、自称運動部の彼らはロクに運動もしていなかったのでしょう。

 

また彼らは、運動部であることを免罪符に、高校に入ってから全く勉強しなくなりました。

その落ちこぼれっぷりは、本当に見事なものでした。

 

運動も出来ない、勉強も出来ない、他にすることがない、じゃあ快感を求めて誰かいじめちゃお。みんないるし、怖くないや。

 

自称運動部の彼らの思考回路は、概ねこんな感じだったのでしょうね。

 

イジメをする人間は人格障害で脳に欠陥がある人間だと、医学的に証明されています。

 

偏差値50の高校に入学して満足して、運動部に入ってエライ人間になったつもりの彼らは、実は障害者だったのかもしれませんね。

可哀想な人間たちです。

彼らの末路を知っていますので、余計そう思います。

 

そして、障害者の彼らからのイジメがさらにエスカレートしていきした。

廊下を歩いていると、他クラスの運動部のリーダー格の人間(障害者)が現れ、いきなり腕を掴まれてトイレに連れ込まれました。

トイレに着くと、この障害者は私に、「お前は生意気だから死ね」「この嫌われ者」「お前なんか生きてる価値無いから死んでしまえ」など、罵詈雑言を浴びせました。

気づくと、運動部の人間が30人くらいトイレにいました。

私がいじめられている姿に指を指し、奇声を上げて大笑いしていた人間(障害者)。

同じ中学の人間で、私が中学時代頭が悪くてマグレでこの高校に入ったことをリーダーに言った人間(障害者)。

イジメられているのを、ニヤニヤしながら見ていた人間(障害者)。

この中には、私のクラスの人間も多数いました。

 

ボロクソに人格攻撃されて教室に戻ると、運動部の人間(障害者)が落ち込んだ私の姿を見て「ウヒャヒャ~!!最高!」と叫びました。

イジメを主導する人間(障害者)。

イジメに加担する人間(障害者)。

イジメを傍観する人間(障害者)。

 

この偏差値50の高校には2年間だけいましたが、こうした不潔で下劣な人種を嫌というほど見てきました。

高校時代にイジメにあった経験から、イジメをする人間とその取り巻きに虫酸が走ります。

 

イジメをする人間(障害者)に、人権なんてありません。

今の私なら、イジメをしてきた人間を徹底的に攻撃して、二度と立ち直れないようにしますね。

 

そして、トドメの出来事が起りました。

 

私をトイレに連れ込んだ他クラスの運動部のリーダー格の人間が、私が当時仲が良かった他クラスの人間を私の前に連れて来ました。

そして、こいつはこう言い放ちました。

「こいつさ、このクラスで友達いなくてお前のところに馴れ馴れしく来てるけど、実際めっちゃ迷惑してるんだよね。お前らの口からこの嫌われ者に何か言ってやれよ」

すると、仲が良かったと「思っていた」人間がこう言い放ちました。

「大嫌い」「もう来ないで」と。

 

他人に裏切られた絶望感に打ちひしがれました。

 

この出来事に16歳の私の心が耐えられなくなり、クラス担任に相談しました。

 

このクラス担任ですが、でもしか先生を象徴するクズ教師でした。

こいつから面倒くさそうに応対されました。

「とりあえず、お前の言ったことは分かった。○○くんに止めさせるよう言っておく」

「だが、お前がクラスで浮いているのは知っているし、イジメられる側にも原因があるのを覚えておけ」

この担任の言葉を聞いて、孤独で寂しい気持ちになったのを覚えています。

 

このクズ教師からすれば、私は面倒くさい生徒だったのでしょう。

みんなと同じ、みんなと仲良くする生徒のほうが、このクズ教師としては面倒臭くなくて楽なのでしょう。

そして、私がクラスで馴染めないのを、この教師はどこか軽蔑している節がありました。

 

クズ教師に、クズ運動部員。

 

色々素敵な人間が揃っていましたが、とりあえずこの教師に相談したことで、運動部員の私に対する露骨イジメはピタリと止みました。

 

このクズ教師で、凄いエピソードがあるので紹介します。

 

私は中学時代成績が伸びた事に自信を付けて、高校でも成績を上げようと思い塾に通っていました。

あすなろ会という塾です。

 

ある日あすなろ会の40代のベテラン講師が、中学の教え子だった私の高校のクラスの生徒のことを勝手に話し始めました。

非常にできが悪く、問題児だったそうです。

 

もう教え子でも無いのにそういうことを言うのは良くないと思い、そのことをそのクラスの生徒に話しました。

すると、そいつはブチ切れて授業を放棄してあすなろ会に怒鳴りこみに行ったのです。

この出来事は、大問題に発展しました。

 

ま、大人が影で子供の悪口を言ったわけです。

そのあすなろ会の講師が悪いのは自明です。

 

しかし、そうは問屋は卸しませんでした。

 

私が面白がって告げ口をして、この生徒を傷つけたという結論になりました。

 

クラス担任のクズ教師に放課後密室に連れて行かれました。

そのクズ教師は激怒して、奇声を上げてそばにあった机を何度も何度も蹴りあげて私を怒鳴りつけました。

「お前がそういうやつだから、クラスで嫌われるんだ!」

「○○(あすなろ会の講師から悪口を言われたやつ)がどれだけ傷ついたかお前分かっているのか!?」

「イジメられたお前も悪い。反省しろ!」

 

その後、私はクラスの人間からチクリ魔とあだ名を付けられ、クラスで徹底的に避けられるようになりました。

 

この出来事に対する、私の見解を。

 

発端は、40代の大の大人が、16歳の子供の陰口を言ったことです。

どこに、教え子の陰口を叩く人間がいますか。

クラス担任が怒るのは、このあすなろ会の講師に対してでしょう。

 

何故このクズ教師は私を標的にして、ブチ切れたのでしょうか。

 

理由は簡単です。

あすなろ会の講師を責めるのは色々大変なので、クラスで嫌われている私が腹いせに面白がってチクったということで問題を片付けた方が簡単だからです。

クズ教師ですね。

 

こうした一連の出来事から、もう二度とこのクズどもらと関わりたくないと思いました。

 

どうすれば、このクズどもらと関わらずに済むのか、色々考えました。

そして、こういう結論に達しました。

 

この高校で嫌悪すべき存在は、運動部に属しているクズどもらです。

運動部の人間は、どいつも2年生になったら就職クラスか文系クラスに行くと言っていました。

そして、運動部の人間は理系・看護学校進学組は勉強ばかりで気持ち悪いので絶対に行かないと言っていました。

しかし、他クラスで私と馬が合う人間は、全員運動部に入っていませんでした。

そして、他クラスで馬が合う人間は、全員2年生になったら理系・看護学校進学組のクラスに行くと言っていました。

なので、自分も理系・看護学校進学組に行けば、周りが馬が合う人間ばかりになり、運動部のクズどもらから逃げ出せるのではと考えました。

 

よって、2年生になったら理系・看護学校進学組に進むことを決意しました。

 

理系・看護学校進学組のクラスには、1学年320人中80人しか入れません。

学年で成績上位の生徒が集まると言われています。

私は、1学期の定期テストの学年順位が320人中210番程度と、中の下の成績でした。

何としてでも、理系・看護学校進学組のクラス行きたかったので、定期テストに向けて猛勉強しました。

理系・看護学校進学組のクラスに行けなかったら、運動部のクズどもらとと同じクラスになります。

もしそうなったら、高校を辞める気でいました。

幸い、周りの人間が偏差値50程度の高校に入学して満足していたことと、運動ばかりしてロクに勉強していなかったことで、定期テストの度に学年順位がどんどん上がっていきました。

3学期の定期テストでは、学年順位が320人中80番程度まで上がり、何とか理系・看護学校進学組に進級できました。

 

・高校2年生

無事に理系・看護学校進学組のクラスに進級できました。

クラスには、中学時代仲が良かった友達や自分と馬が合う人間が沢山いて、とりあえず安心しました。

これで、楽しい高校生活を送れると思いました。

 

しかし、そう甘くは無かったです。

運動部の人間も何人か混ざっていたからです。

 

その中に、1年生の時に私を率先してイジメた運動部の人間がいました。

当然、このクラスでも同じようにイジメをしてきました。

 

まず、私と仲の良い友達を連れて来て、「お前こいつのことどう思う?こいつ1年の時みんなから嫌われてたんだぞ。引くだろ?」と言い放ちました。

救いだったのは、この時友達が黙って何も言わなかったことでした。

この友達とは今も連絡を取っている、貴重な友人です。

 

しかし、もうイジメられるのは懲り懲りだったので、周りに好かれるよう努力することにしました。

 

運動部の人間はレベルの高い人間で、エライ人間だと崇拝する態度を取り、運動部の人間から何をされても我慢しました。

運動部の人間が「勉強する奴はクソ」という考えだったので、それに迎合して頭の悪いフリをしていました。

 

運動部の人間に屈服したおかげで、運動部の人間から評価され、2年生の1学期は何事も無く穏やかに過ごすことができました。

ただ、運動部の人間の一挙手一投足に神経を尖らせ、自分の本音に根ざした行動をしていなかったため、ストレスが溜まりに溜まり胃が痛かったのを覚えています。

 

そして、2年生の2学期に転機が訪れました。

 

2年生になると、東進ハイスクールに通っていました。

といっても、田舎なのでビデオテープをテレビデオで再生して授業を受けていた感じです。

 

東進の授業で、数学の微分の授業を受けました。

最初、何を言っているのかチンプンカンプンでしたが、何故か微分の勉強にハマりました。

微分係数の公式を何度も何度もそれこそ100回くらい書き写して、公式を理解しました。

すると、難しい問題でもスラスラ解けるようになったのです。

努力の結果、問題がスラスラ解けるようになるのが快感で、数学が好きになりました。

中学の時に、英単語10個を覚えるのに5時間かったが、その後英語の問題がスラスラ解けるようになったことを思い出しました。

 

一つのことを愚直に繰り返したことがきっかけで、再び転機が訪れました。

 

微分が得意になったことが弾みとなり、三角関数やベクトルなども同じように、難しい問題がスラスラ解けるようになりました。

数学だけ学年でダントツトップになり、学校の定期テストのレベルなら、周りが時間が足りなくて解ききれないのを、10分で満点が取れるようになりました。

 

また、東進には地元のトップの進学校の理数科の学生が大勢いました。

彼らと接して、私の高校の連中が如何に下品で知性や品位が彼らより大きく劣るのかがハッキリ分かり、驚きました。

進学校の彼らは視野が広い人間ばかりで、運動部に入っているかどうかという下らない理由で人を見下したりしませんでした。

そして、話し方が知的で品があり、一緒にいて居心地が非常に良かったです。

 

彼らと一緒にいたい、彼らと同じ環境にいたいと強く思いました。

 

もちろん、この進学校に転校することは出来ません。

なので、彼らが目指す大学に行って、彼らと一緒になろうと決めました。

このように、数学が得意になったことと、塾にいた進学校の理数科の学生に刺激を受けたことがきっかけで、大学受験をすることに決めました。

 

進学校の理数科の彼らは北海道の人間なので、多くが北海道大学を目指します。

そこで、私も北海道大学を目指すことに決めました。

 

私の高校から、北海道大学に「一般入試で」合格した人間は存在しません。

この高校で誰も成し遂げたことがない偉業に立ち向かうことに、誇りを感じました。

 

そして、もう運動部の連中に屈服するのは止めようと決めました。

「勉強する奴はクソ」と言って運動部の連中に気を使っても、何一つ得るものがないと思ったからです。

 

進学校の彼らを見習って、「勉強するのは当たり前」「大学に行くことは当たり前」と考えを改めました。

自分は北海道大学を受けると周りに公言し、東進のテキストを机の上に堂々と置き、休み時間中もひたすら勉強していました。

 

当然、運動部とその取り巻きから猛烈に嫌われました。

 

勉強していると、こいつらから聞こえるように大声で悪口を言われ続けました。

女子から「気持ち悪い」と言われたり、数学の授業中に質問すると「オェ~」と聞こえるように言われたりもしました。

 

それでも無視して、ひたすら勉強しました。

自分はもはや、こいつらとは違う人種の人間だと思っていたので。

 

さて、北大受験を決意したのが、高校2年の10月でした。

毎日5~6時間勉強しました。

そのかいあって、1ヶ月後には数学が教科書レベルの問題ならスラスラ解けるようになりました。

しかし、模擬試験レベルになると全く歯が立ちませんでした。

英語と国語もチンプンカンプンで全くダメダメでした

当然、模擬試験で散々な成績を取ります。

北大なんて今の成績では通用しません。

ですが、あくまで今の成績ではの話です。

 

勉強してたった1ヶ月の成績なので、模試の成績など全くあてにならないことは、ある程度のレベルの大学の受験を経験された方なら分かることでしょう。

 

しかし、クラス担任はそれが理解できない残念な人間でした。

 

模試の成績が返却されたのは、模試が終わってから一ヶ月後です。

三者面談で、その一ヶ月前の成績を私と母に見せてこう言い放ちました。

①「お子さんは今の成績では北大に入れない」

②「うちの高校からだと、国立大学はどこも浪人しないと入れない」

終わってませんか?

このクラス担任の言い放った言葉を一つづつ説明します。

 

①「お子さんは今の成績では北大に入れない」

当たり前です。

北大受験を決意して、たった1ヶ月勉強した結果だからです。

しかも、元々偏差値50の高校の定期テストで中の下の成績だった学生ですよ。

そんな学生が1ヶ月間勉強した程度で、北大に届くような成績が取れるわけがありません。

入れるか入れないか判断するのは、最低でもセンター試験が終わった後にすべきでしょう。

 

それなりのレベルの大学の受験された方の多くが経験されているかと思いますが、受験直前期に成績が爆発的に伸びることが往々にしてあるのです。

たとえ12月の模試の成績でE判定だとしても、そこから成績を爆発的に伸ばして志望校に滑り込むことが出来るのです。

一定量・一定レベルの勉強さえ続けていればの話ですが。

 

それゆえ、高校二年生の11月の模擬試験の結果なんて、何一つ当てにならないのです。

 

それに、1ヶ月前の成績を見せてどうこう言うのもおかしな話です。

1ヶ月前と今とでは、別人だからです。

1ヶ月間本気で勉強すれば、人はかなり変わります。

1ヶ月前の成績で騒ぐのはお門違いも甚だしいことです。

 

せどりもそうですよ。

1ヶ月毎日ブックオフに通ってみてください。

1ヶ月間で、せどりのスキルが大幅にアップしていることを実感できるはずです。

 

②「うちの高校からだと、国立大学はどこも浪人しないと入れない」

これを「責任放棄」と言います。

生徒が北大に行きたいと言うなら、それを全力でサポートするのが教師というものではありませんか?

「浪人しなければ大学に行けない」というのは、「私には教え子を大学に行かせる指導力が無いので何も出来ません」と公言しているのと同じです。

 

このクラス担任は教師歴20年のベテランでしたが、20年間一体何をしてきたのでしょうか。

何もしてきてないなら、税金の無駄遣いなので、給料を返却して今すぐ教師を辞めて欲しいと思います。

 

まあ、この教師も、地元のトップ高校から「武蔵大学」という入試科目が2科目の超軽量入試の大学を卒業した人間です。

国立大学は5教科7科目のセンター試験をクリアして、2次試験で英・数・理2つを受けなくてはなりません。

 

この教師からすれば、こうした大学に合格できる頭もないし、こうした大学に合格した生徒を持ったこともないので、合格させるノウハウもお持ちでないのでしょう。

教師はプライドが高い人種です。

この教師も、三者面談で自分の無能さを知られたくなくて、高みを目指す生徒の希望を潰すことで、何とか言い逃れしようと努力したのでしょう。

哀れですね。

 

この三者面談で、この高校に幻滅しましたた。

この高校の教師は誰一人として信用せず、自分の力で北大に入ろうと決めました。

 

しかし、この担任が勉強の邪魔をしてきました。

予備校の教科書を机に置くのを止めるよう言われたのです。

理由は、高校は予備校で無いので、高校で使わない物を机に置くのはおかしいからだそうです。

高校では、教科書以外勉強するなと言われました。

しかも、勉強を物理的に邪魔する上に、相変わらず「浪人しないと大学に入れない」という言葉を連発して、精神的な妨害もしてきました。

無茶苦茶な人間ですね。

 

ある日、休み時間に数学の勉強をしていたら、クラスの運動部の人間にいきなり殴られたことがありました。

そして、こいつからこう言われました。

「お前が勉強している姿が耐えられない」

「みんなドン引きしているのがわからないのか」

「マジむかつくぜ」

 

流石に殴られたことがショックで、クラス担任に抗議しました。

すると、逆に私が怒られてしまいました。

「○○くん(私の勉強を邪魔して私をいきなり殴った人間)は、私の言うことをよく聞く大変素晴らしい子だ」

「お前は○○くんの手のひらで遊ばれている」

「お前がクラスで浮いたことをするから○○くんが怒ったんだ」

「イジメられる側にも原因がある」

と。

 

一応、このクラス担任は、この私の勉強を邪魔して私をいきなり殴った人間に注意をしたそうです。

その後、一時だけ露骨な嫌がらせが収まりました。

 

さて、高校二年の3月頃になると卒業後の進路を決めなくてはなりません。

卒業後の進路について、色々話し声が聞こえてきました。

話し声を聞いて、この高校に対してさらに失望しました。

 

地元で「優秀」「将来安泰」と言われている偏差値50の高校に入学して、そこで満足して全く勉強してこなかった人間が、進路という現実に直面するわけです。

現実逃避する言葉が、多数飛び交っていました。

「正看(正規の看護師)なんて無理無理w准看(准看護師)でいいよ」

「大学なんて行っても意味ない、専門でいいよ専門で」

「俺はもう諦めた」

「女遊びがしたから東京の専門学校に行く」

「大学じゃ何も勉強できない。専門学校こそ最高だ」

「札幌大学でいいわ。学歴だけが全てじゃないし」

「札幌大学が無理なら浅井学園大学(現:北翔大学)があるから、ま余裕っしょ。」

「大学がダメならそば屋に就職でいいやw」

などなど。

 

まるでお経のように、毎日毎日こうした諦めモードの言葉がどこにいても聞こえてきました。

 

周りに流されやすい人間なら、洗脳されて自分も諦めモードになるでしょう。

私も、この諦めモードの言葉を毎日聞かされて、精神的にかなり参りました。

 

それに加えて、またクラスの運動部の「私の勉強を邪魔して私をいきなり殴った人間」から執拗な嫌がらせが始まりました。

 

この頃は、物理の波動の分野が全く理解出来なく、苦戦している時期でした。

教科書に齧りついて、何とか理解しようと努力していましが、この人間は私に「キモい」「引く!」と大声で言って邪魔をしてきました。

 

学校で勉強すると、この「私の勉強を邪魔して私をいきなり殴った人間」からの嫌がらせが酷かったので、自宅で勉強することにしました。

次第に学校を休みがちになりました。

 

・高校3年生

春休みに、高専を中退した友達の家に行きました。

彼は、大検を受けるそうです。

試しに大検の問題集を見せてもらったところ、非常に簡単な問題ばかりではないですか。

おまけに、このレベルの試験で30%得点出来れば合格だそうです。

「大検を取れば、もうあの高校に行かずに済むのか」と希望がわきました。

 

しかし実は、まだこの高校に僅かながら期待していました。

高校3年生になったら、学校も本腰を入れて受験指導してくれるだろうと淡い期待を抱いていました。

何故こういう期待を抱いたのでしょう。

おそらく、自分が努力して入った、かつて憧れた高校に裏切られたくないという気持ちが微かにあったからかもしれません。

 

しかし、完全に失望する出来事がおこります。

私は、センター試験の社会の受験科目として倫理を選択していました。

その倫理の授業が、高校3年になってから始まりました。

せめてセンター試験に使えるくらいの授業はしてくれるだろうと、期待していたのですが、授業の初めに教師がこう公言したのです。

「この授業、センター試験に全く使えないから」

 

この高校での出来事をまとめます。

・運動部の人間からのイジメ

・イジメられる人間にも原因があると、イジメを助長する教師

・教師が浪人しないと大学に入れないと明言

・教師が学校の授業は大学受験に使えないと明言

・大学受験の勉強を邪魔するクラス担任

・大学受験の勉強を邪魔する運動部の人間

・その運動部の人間の肩を持つクラス担任

・周りが既に妥協して受験諦めモードの下押し圧力の雰囲気

 

以上から、完全に見切りが付きました

 

この高校で大学受験の貴重な1年間を浪費するのは「人生の時間の無駄」と判断しました。

そう思うと、こんな下劣な運動部の生徒や教師の顔をもう見たく無いと思うようになりました。

この高校を完全に拒絶するようになったのです。

 

高専を中退した友達の家で見た大検の問題集を思い出しました。

大検は、沢山の科目が課されます。

しかし、高校2年生位まで我慢していたら、大検取得に必要な科目は僅かで済みます。。

もし私が高校を中退したら、何科目必要なのか調べました。

すると、なんと「日本史」と「倫理」の2科目だけ受ければ良いではありませんか。

オマケに、各科目30点取れば合格です。

 

高校を辞めて、夏に大検を取って、大学受験をしよう。

こう決意し、私は高校を中退しました。

 

最後に登校したのは、忘れもしない5月13日の日です。

 

高校時代の話は以上です。

 

偏差値50の高校では、いかに生徒や教師のレベルが低いかをお伝えしたつもりです。

教師の無責任さがご理解いただけたでしょうか。

・イジメられた人間を責める

・なにか問題があると立場の弱い生徒に責任転嫁してブチ切れる

・国立大学を志す生徒の希望を潰す

・指導放棄

・勉強を妨害

 

こうした私と教師との軋轢は、私が付和雷同な人間でないことが起因していると思います。

もし私が空気を読んで、みんなと同じく運動部に入って、本音を押し殺して運動部の人間に屈服して大学受験を諦めていたなら、こうした軋轢は生まれなかったはずです。

 

だが、果たしてそれで幸せな高校生活を送れたのでしょうか?

ただただ、周りの下押し圧力に負けて、流されただけの人間で終わったはずです。

 

今はSNSがありますので、こうした人間の末路を知ることが出来ます。

次の記事で紹介しますが、大変悲惨なものでした。

 

会社で燻っているあなたへ。

副業を決意するということは、社畜たちとの戦いになります。

「お金は給料から得られる」「長時間拘束されて働くことは良いことだ」「真面目に働かない人間は人間じゃない」などなど。

こうした社畜の歪んだ常識に流されないよう、心を強く持たないと副業はできません。

 

社畜に負けないよう、六郎さんのブログや私のブログで心を鍛えて下さい。

 

もし、社畜からの圧力があまりにもひどい場合は、いきなり専業せどらーになるのではなく、まずは転職して環境を良くしてくださいね。

 

私の高校にいた人間どもらは、高校生活で「周りに流される」よう鍛えられてきたので、今は立派な「ブラック企業の社畜」「ソルジャー」になっています。

彼らは自分の意志を持たない哀れな人形なので、救いの手はありません。

 

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私は私立文系偏差値30の学力から信州大工学部に現役合格した!』に続く>>